<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>Ambiente Official Site&#187; 月刊 貴子</title>
	<atom:link href="http://ambiente-jp.com/category/takako/feed" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>http://ambiente-jp.com</link>
	<description>Joyous</description>
	<lastBuildDate>Sun, 05 Feb 2012 04:55:53 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
	
		<item>
		<title>バリ島の占い師</title>
		<link>http://ambiente-jp.com/takako/takao08.html</link>
		<comments>http://ambiente-jp.com/takako/takao08.html#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 25 Aug 2011 01:58:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Ambiente Official site</dc:creator>
				<category><![CDATA[月刊 貴子]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://ambiente-jp.com/takako/takao08.html</guid>
		<description><![CDATA[最近、日暮れがちょっと早くなり、夕方からは虫の音も聞こえるようになって、なんだかもう夏の終りを感じる季節となりました。 楽しくて、暑かった真夏の日々を振り返り、これからやってくる秋に備えて、心の準備をする季節の狭間にいる [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>最近、日暮れがちょっと早くなり、夕方からは虫の音も聞こえるようになって、なんだかもう夏の終りを感じる季節となりました。<br />
楽しくて、暑かった真夏の日々を振り返り、これからやってくる秋に備えて、心の準備をする季節の狭間にいる感じです。</p>
<p>今回は、去年の１２月、バリ島に３週間滞在した際に書きそびれてしまったことを書かせていただきますね。</p>
<p>エリザベス・ギルバートという若手のアメリカ女流作家をご存知でしょうか。</p>
<p>ジュリアロバーツ主演の映画、『食べて、祈って、恋をして』の原作者といえば<br />
きっとお分かりですよね。この映画は、原作者の経験に基づいて作られたもので、物語はバリ島のウブド村の占い師、KETUT氏の場面から始まります。</p>
<p>主人公は、バリ島の占い師に言われた通り、ニューヨークでの生活は魅力薄れ、なにかもも失い、人生の意味を求めて、イタリア、インド、そしてバリ島へ出かけて行きます。そして予言通り、もう一度KETUT氏のもとへ帰ってくることになり、さらに物語は進行していきます。</p>
<p>思えば、私もこのルート、イタリア―インド―バリ島と同じ道を辿り、かなり近い体験をしたものです。若いときに人は、情熱や勢いで思わぬことをしてしまうものです。<br />
<img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2011/08/takako08_11.png" alt="" title="takako08_1" class="alignleft size-full wp-image-2729" /></p>
<p>そのお話は、時が過ぎて、時効となったときに打ち明けさせていただくとして、今回は、私がこの映画の始まりを作った占い師、KETU氏に会いに行ったときのお話を聞いてください。</p>
<p>去年の１２月、バリ島のウブド村に３週間した際、今回の滞在もあと１日を残すのみとなった最終日に、『食べて、祈って、恋をして　』の物語の始まりを作った占い師、KETUT氏を訪ねることにしました。</p>
<div style="clear:both;"></div>
<p>ウブド村はこの映画のおかげで、欧米、オーストラリアから一人旅の女性が押し寄せているとうわさには聞いていましたが、果たして、ＫＥＴＵT氏のところに着いてみると、映画の通り、緑と花にあふれた庭のあるバリ式の家屋には、すでに１０数名の観光客らしき人たちが順番を待っていました。</p>
<p><img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2011/08/takako08_21.png" alt="" title="takako08_2" class="aligncenter size-full wp-image-2730" /></p>
<div style="clear:both;"></div>
<p>バリには、予約というシステムはないらしく、みんなのんびりと構えて、自分の番を待っているのでした。</p>
<p>占いは水屋のようなオープンスペースで行われていて、KETUT氏は映画に出ていた俳優さんにくらべて、小柄なバリ人でした。映画では、占い師自身は俳優さんを起用していましたが、そこにいる中年のおばさんや犬たちは、本物で、映画と同じくそこで自分の本来の役を演じていました。</p>
<p><img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2011/08/takako08_31.png" alt="" title="takako08_3" class="aligncenter size-full wp-image-2731" /></p>
<div style="clear:both;"></div>
<p>ひとりひとりの占いの時間もまちまちで、自分の番がいつ来るともわからない状況でしたが、せっかく来たのだし、もしかして、私の未来にはすごいことが待ち受けていると言われるかもしれないし、いろいろな国の人たちの悩みごとなどを聞けるチャンスでもあるので、腰をすえて待つことにしました。</p>
<p>聞こえてくる相談者のしゃべる内容はほとんど、ソウルメイトにいつ出会うかでした。来ている人はいろいろな歳の人がいたと思いますが、<br />
若さがはじける歳というよりも、仕事のキャリアもある程度積んだようなアラウンド　サーティーズ＆フォーティーズが多かったのではないかと思います。</p>
<p><img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2011/08/takako08_41.png" alt="" title="takako08_4" class="alignleft size-full wp-image-2732" /></p>
<p>占いが終わったあとの反応はそれぞれで、『彼、みんなに同じこと言ってる。なんかちょっとがっかり・・・・・・。』とぐちをこぼしている女性たちもいましたが、スピリチュアルなイベントのプロデユーサーをしている立場の人間からするとそれはある意味当然で、その彼女たちは遊び半分で、しかも最初から疑ってかかっていて、KETUT氏を試そうとしているので、納得できる答えはなかったのだと思います。いつも思うのですが、だれかにスピリチュアルな質問をするときは、まずはこちらが心を開き、いいアドバイスがもらえるような配慮も必要です。なかには、占い師はアドバイスをするのが仕事だから、どんな人も受け入れて当然と思う人もいるかもしれませんが、なんといっても、相手は心がある、生身の人間ですから、尊敬の念が必要だと思います。やはり、私たちはどんなときでも、どんな相手でも思いやりを持って、交流をしたいものです。そして、こういうスピリチュアルな場では、相手を尊重しないと、本当の答えは却って来ない可能性もあります</p>
<p>途中、熱帯雨林のバリ島らしく、大粒の雨が降り出し、庭の緑や花々が雨に濡れるさまは、自然の生命力を感じ、なんだか、アジア映画のひとこまにいる感じでした。雨音がだんだん激しくなって、スコールにしては長く続く雨でした。</p>
<p>バリ島はマジカルな島として有名なので、私の番になって、雨がぴたっと止んでくれるといいなと思いながら待つこと３時間。<br />
やっとやっと私の番がまわってきました。<br />
と、そのときです。あの大雨が、ぱたっと止んでしまったのです。<br />
もしかしてこの３週間の間、毎朝、まだ薄暗いうちに起きて、太陽が昇る前のプラナを身体中に取り入れ、朝陽を浴びての瞑想とヨガでマジックが使えるようになったのかもしれません。朝陽の前に起きだして、瞑想やヨガをするとマジカルな力が宿るというのは、ヨガの先生や目に見えないことを仕事にしている人からよく聞く話です。<br />
いづれにしても、ここはバリ。いるだけで不思議なことが日々起こる神々の島なのです。</p>
<p>さて、私の番となり、KETUT氏のとなりに座り、これから手相や人相をみて私の未来について語ってもらえることとなりました。</p>
<p><img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2011/08/takako08_51.png" alt="" title="takako08_5" class="alignleft size-full wp-image-2733" /><br />
どんなことから話したらいいのだろうと思っていたら、KETUT氏はちょっと休憩と言って、奥の部屋に消えていき、２，３分してから戻って来ました。<br />
そして、胃の辺りをおさえ、ちょっとつらそうに最近の体の不調を私に話し始めました。聞くところによると、こうやって毎日毎日、何十人もの人の相談事を聞いていると、その人たちの助けてほしい気持ち、すがるような気持ちが乗り移り、胃や腎臓が痛くなるそうです。<br />
私は日本でスピリチュアルなイベントのプロデュースをしているので、こういう話はよく聞きます。KETUT氏は映画以来、有名になってしまったので、世界中からソウルメイトの居場所を訪ねる女性の相談でへとへとになっているようでした。人の悩みを聞くというのは、そうそう簡単にできることではなく、聞く方は、自分の健康とお金を引換にしてしまうというのはよく知られたことです。</p>
<p>数分の間、氏が昔、ある日本人から日本の歌を習ったこと、氏が少し日本語を話せることなど、TETUT氏の身の上話をひとしきり聞いてから、<br />
ようやく私の未来についての話になりました。手相、人相、足の形、背中などをみて、私の未来について語ってくれたことは<br />
私はいろいろな仕事を同時にできる女性で、これから先４つのことをやることになる。それは<br />
	•	Printing（出版、印刷関係）　に関すること<br />
	•	Computeｒ　（コンピューター）　に関すること<br />
	•	Writing　（書くこと）　に関すること<br />
	•	Esthetic（美的なこと）　に関すること</p>
<p>ということでした。だれにでも当てはまる答えではなく、この４つはどれも今の私の仕事とリンクしていることなのでちょっと驚きました。<br />
そして、私の背中をみて、私はロータスフラワー（蓮の花）が見えると言っていました。それが何を意味するのかわかりませんが、蓮の花といえばスピリチュアルな花だし、スピリチュアルなことを仕事にしている私にはうれしい花でした。<br />
そのほか、身体上で気をつけた方がいいことや結婚生活について話したと思います。</p>
<p>KETUT氏が言っていたのですが、<br />
ほとんどの人は結婚生活がうまくいっていないけれど、どうしたらいいかと聞くそうです。もしかしたら、映画の主人公（作家エリザベスのこと）が離婚をし、その後すてきな男性と巡り合ったので、追体験をしたい人も多いのかもしれません。<br />
やっぱり女性はいつもロマンを求めているのですね。安定した愛があってこそ、仕事もがんばれるのかもしれません。<br />
私もかつて、仕事をもっとがんばりたい、そのためにも自分を愛してくれる人がほしいと切に願っていた頃がありました。でも随分年をとってから結婚したあとは愛があるからこそ、仕事もできるという考え方に変わりました。</p>
<p><img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2011/08/takako08_61.png" alt="" title="takako08_6" class="alignright size-full wp-image-2734" />翌日、私は３週間過ごしたバリにしばしの別れを告げ、深夜の飛行機に乗りました。<br />
飛行機の中では、映画のリストに　『食べて祈って恋をして』　がやっぱりありました。再度、見てみると、そこにはなつかしい神秘的で緑あふれるＴＥＴＵT氏の庭が広がっていました。<br />
美しきバリ。女性に未来の夢とロマンを与えてくれるマジカルアイランド。もう何十回とバリ島を訪れたことがありますが、私の場合は、バリ島の太陽と緑と花々に囲まれて数日を過ごすと、不思議なことに願っていたことが現実になります。<br />
バリのお坊さんに浄化の儀式をしてもらい、自然の神様にお願いをしているからなのか、バリで心底リラックスして、リフレッシュされるからなのか、またはバリの不思議な力が働くのか、理由はわかりません。でもバリにはたくさんの神々が存在し、バリの人たちが朝、晩、かかさずお花とごはんをお供えし、お線香を炊いているのをみると、神様は大勢存在していて、お願いを叶えてくれているのかもしれません。</p>
<p>人を不思議な世界へ誘うガムラン、村人による陶酔のバリ舞踊、むせかえるような南国の花々、ミステリアスに輝く月、バリの男の人たちが吸っているクローブの入りの甘いタバコの香りなどなど、バリには魅惑的なものばかり。その上、行って帰ってくると、何か人生の流れが変わるのです。</p>
<div style="clear:both;"></div>
<p><img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2011/08/takako08_71.png" alt="" title="takako08_7" class="alignleft size-full wp-image-2735" /></p>
<div style="clear:both;"></div>
<p>私は夜間飛行の間中、ワインを飲みながらKETUT氏に言われたことを回想し、これからの人生に思いを馳せていました。</p>
<div style="clear:both;"></div>
<p><img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2011/08/takako08_91.png" alt="" title="takako08_9" class="alignleft size-full wp-image-2737" /></p>
<div style="clear:both;"></div>
<p>そして、時は流れ、今は２０１１年の夏の終り。あれから、日本には大震災が起こり、個人的には母が亡くなり、生活の拠点も変わり、めまぐるしくいろいろなことが起きました。仕事の方にも少しづつ変化が起こりつつあります。TETUT氏に言われたようにこれから私の仕事は上記の４つに集約されていくのかもしれません。ほんの数カ月の間にめまぐるしくいろいろなことが起きて、ときに押しつぶされそうになって、深く落ち込んでしまったこともありますが、そんなときは、私には、バリという帰っていく島があり、そこに行きさえすれば、次なる扉が用意されることを思い出し、涙を拭いて先を歩いていけるのです。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://ambiente-jp.com/takako/takao08.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>人生の大転機</title>
		<link>http://ambiente-jp.com/takako/%e4%ba%ba%e7%94%9f%e3%81%ae%e5%a4%a7%e8%bb%a2%e6%a9%9f.html</link>
		<comments>http://ambiente-jp.com/takako/%e4%ba%ba%e7%94%9f%e3%81%ae%e5%a4%a7%e8%bb%a2%e6%a9%9f.html#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 13 Jul 2011 00:22:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Ambiente Official site</dc:creator>
				<category><![CDATA[月刊 貴子]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://ambiente-jp.com/?p=2569</guid>
		<description><![CDATA[暑中お見舞い申し上げます。 炎暑の日が続きますが、いかがお過ごしでしょうか。 早いもので、梅雨も明け、本格的な夏となりました。 ずいぶん、お久しぶりの月刊貴子となってしまい、楽しみにしてくださっている方々には、 ほんとう [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>暑中お見舞い申し上げます。<br />
炎暑の日が続きますが、いかがお過ごしでしょうか。<br />
早いもので、梅雨も明け、本格的な夏となりました。<br />
ずいぶん、お久しぶりの月刊貴子となってしまい、楽しみにしてくださっている方々には、<br />
ほんとうに申し訳なく思っております。ごめんなさい。</p>
<p>この数カ月の間に、世間でも私自身の人生にも大きな変化がありました。</p>
<p>３月１１日に大震災が起き、気持ちの持って行き場がないまま、不安なる面持ちで日々を過ごし、たくさんの友人たちが日本を離れたり、東京を出ていったり、余震も続く毎日の中で、私自身もどうしようと、思いあぐねていたところ、訃報が入りました。</p>
<p>忘れもしない４月２５日、早朝７時前に携帯電話が鳴りました。<br />
朝早い電話にどきっとしながらも、でてみると、静岡の実家の近所の方でした。内容は、母の友人から電話があり、ちょっと家を見に行ってほしいと言われて、門のところに来たところ、新聞が２，３日溜まっているので心配になって、娘である私に電話をしたということでした。ヒヤッとした気持ちになりましが、母は、私に知らせずに数日の旅行に行ったかもしれないという可能性にかけて、とにかく、一度電話を切らせてもらい、母の携帯電話、家の固定電話に電話を入れました。しかしながらどちらも留守電になるだけ・・・・・。私の心臓の鼓動が早くなっていくのが、自分でもわかりました。</p>
<p>その後、近所の方に再度、電話。近所の方に、なんとかして、家の中に入ってほしいと失礼なお願いをしてしまったのですが、こんな場合は親族でないと、鍵を壊して入ることはできないとのことで、静岡南警察署に電話をして、玄関のカギを壊すなり、窓ガラスを割ってもらうなりして、家宅捜査をお願いしました。その後、警察からの電話を待つこと、２，３分。<br />
警察の方からの　『お気の毒ですが・・・・』　で始まった電話のその後は、どんな会話をしたかは思い出せません。</p>
<p>私は自分の感情を、わめくことで発散したことはないのですが、このときばかりは、隣近所に聞こえるぐらいの大声で、泣きわめきました。伴侶が私の身体を支えてくれて、その腕の中でずいぶんと長い間、一瞬の間におきた悲劇に心から叫び声をあげ続けました。わめくことでしか、自分を制することができなかったのです。<br />
とても苦しくつらかった・・・・・。<br />
私が唯一、懸念していたことがとうとう起きてしまいました。すごい悲しみでした。もう急いで実家に帰っても、生きた母に会うことはできません。<br />
ひとしきり、泣きわめいたあと、２，３日分の着替えと黒のワンピースだけをカバンにつめて、新幹線に乗り込みました。<br />
途中、何度か警察の方から電話があり、母は３日前の２２日の朝、亡くなっていたことを知らされました。その３日間の間、母のたくさんの友人が変に思って、電話をしてくれたようですが、なにしろ、母は、とても元気で、７６歳でも車であちこち出かけていましたから、まさか、こんなことになっていたとはだれも思わなかったにちがいありません。<br />
２５日は京都のみやこ踊りツアーに行く予定で、朝早く、友人たちと待ち合わせをしていて、時間に母が現れないのを不審に思った友人がご近所に連絡してくれたことがわかりました。</p>
<p>静岡までの１時間、新幹線の中では、はらはらと涙が流れてきましたが、そのとき思ったことは３月１１日の震災で家族を亡くした人たちは、みんな私以上に苦しかったはずで、数万人の人たちがこの気持ちを味わったことを考えると、愕然としてしまいました。こんなつらい目に遭うのは、今の私一人でなく、こうやって、たった一人の母を突然亡くした娘たちが、みんながこの悲しみに立ち会っていると思うと、悲しいと同時に人間のすごさを感じました。<br />
私は２０年前に父を、１０年前に兄をガンで亡くしていますがそのときとはまたちがう悲しみでした。突然聞かされる訃報は、ものすごく衝撃的でした。</p>
<p>静岡に着くと、友人たちが来てくれていましたが、家の中には、親族以外、だれも入れない状態になっていました。医師からの死因がはっきりしたあと、２階に上がり、警察の方の手によって、ふとんに寝かせてもらった母と対面しました。３日間の間、倒れたそのままの姿で床に横たわっていたため、皮膚が紫色になっている個所もありました。５日前に会ったばかりの母・・・。今はもう息もせず、冷たくなってしまっている母・・・・。母の身体に抱きついて、思い切り泣きました。最初に出てきた言葉は、　『ごめんね。』　でした。</p>
<p>母とはよく喧嘩をしました。特に私が年を重ねるにつれて、考えの相違が露わになって、母と娘、和気あいあいという間柄にほど遠かったのですが、私にとってはただ一人の母で、いつかこの日が来ると知ってはいたものの、こんなに突然、一人であちらの世界に行ってしまったとは。母の死で一番つらかったのは、死を知ったときと、冷たくなった母と対面したこのときでした。<br />
母の死因は心臓発作でした。当日はいつものように朝起きて、洗濯ものを２階のベランダに干して、そのあと、私の部屋に入り、お掃除をしようとしたところに発作が起き、身につけていた携帯電話を手にとることもできず、そのままとなってしまったようでした。検死をしてくれた医師の『あまり苦しまなかったようです。』　という言葉がせめてもの救いとなりました。</p>
<p><img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2011/07/takako07_1.png" alt="" title="takako07_1" width="244" height="318" class="alignnone size-full wp-image-2570" /><br />
＊亡き母の晴れ姿<br />
その後は、母の遺体の着替えや葬儀の打ち合わせなどで、悲しい思いをしている暇はありませんでした。それよりも生まれて初めて喪主となり、葬儀のお願いをし、お寺に連絡を入れ、と知らないことを体験していくことに精いっぱいなのと、仏教にのっとった葬儀があまりにも、大変なことに驚きました。戒名によって、お寺へのお支払の金額がちがうことも生まれて初めて知りました。外国人である伴侶は、日本の仏教の葬儀の複雑さと、いかに日本人が、死後の世界におののき、それをお金という形で解決しているのかを知り、驚いていました。私も宗教について、改めて考えました。喪主という立場になったからこそ、知ったことも多いと思います。人生で、喪主を経験する人、しない人がいると思いますが、私は自分の母の葬儀の喪主ができてよかったと思っています。</p>
<p>今まで時折、母が年をとってきて、ときどき母が亡くなったらどんなに取り乱してしまうだろうと懸念することがありました。特に火葬の段階になったら、その場にいられないのではないかと思っていましたが、実際には、そのときにはもう覚悟が十分できていて、母の魂はもう身体から出ていて、今ここにあるのは魂のなくなった肉体だけと思えました。そして、母の魂が宿っていた肉体に、『７６年の間、ほんとうにありがとう。お疲れ様でした。これでお役目が終わりましたね。』　と穏やかな気持ちで声をかけることができました。母の死を知ってから、お通夜、葬儀まで日をおいてもらったため、数日間、母の遺体と過ごし、その境地になれたのだと思います。葬儀の朝は、着物を着つけてもらったのですが、胸がどきどきして、苦しくて、着物の着付けも進まなくなってしまいましたが、あの時に母とのお別れをしたのではないかと思います。</p>
<p><img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2011/07/takako07_2.png" alt="" title="takako07_2" width="244" height="318" class="alignleft size-full wp-image-2571" /><br />
<img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2011/07/takako07_3.png" alt="" title="takako07_3" width="318" height="244" class="alignnone size-full wp-image-2572" /></p>
<div style="clear: both;"></div>
<p>＊　生まれて初めて喪主となった葬儀</p>
<p>私の家では、のこされた遺族は私ひとりだったので、友人たちに助けてもらいながら<br />
なんとか、お通夜、葬儀など済ませることができましたが、母の訃報を聞いてから葬儀が終わるまでの約１週間は、ほんとうに大変でした。私は数年前から子宮腺筋症という症状を患っていたのですが、葬儀の前後から、生理が止まらなくなるばかりかものすごい量となり、これでもかというほどの血の塊がでていって、貧血状態にもなっていました。あとにも先にもあれほど大量の生理が出血したのは初めてだったので、あれは何だったのだろうと思います。</p>
<p>葬儀が終わるやいなや、また大変なことは続き、葬祭センター、お寺への支払い、位牌、お墓の戒名入れ、四十九日の法要の手配などなど、やることが山のようにあってパニックになりました。もしもお金の余裕があったのならば、あそこまでパニックになることはなかったと思うのですが、とにかく、儀式、位牌、お墓、すべて、初めてのことで、数日間、大変な悲愴感を味わいました。それに増して、私の経営の甘さがたたって、仕事上のトラブルも相次ぎ、悲しみどころではない日々が続き、とうとうそのストレスは体にやってきて、ある朝、起きて間もなく、四十肩となり、二日間、右手が上がらない状態となってしまいました。普段はヨガもやり、ある程度柔らかな身体だったのに、四十肩は突然やってくるようで、今考えてもあのときのストレスは相当なものだったようです。夜もうなされてよく眠れず、朝起きても頭がズキズキする日が数日続きました。<br />
母が亡くなったことをただ悲しめたらどんなにいいだろうと思いました。１カ月の間に、いろいろなところへ支払うためのお金の用意、静岡の家の片づけ、東京から静岡への引っ越しの手配、東京の荷物の片づけ、母の荷物の整理、弔問してくれる方への接待、次から次へと起こる会社のトラブルの処理、肩の荷はもう重たすぎました。<br />
それから、古今東西、離婚とか葬儀のときは、隠れていた事実が露わになると聞きましたが、私の家も例外ではなく、今まで知らなかった身近な人々の気持ちが露わになり、傷つきもしました。</p>
<p>生活は大きく変わりました。<br />
今までは東京に住み、実家があり、お店のある静岡には週１回ぐらいのペースで来ていましたが、<br />
亡き母のあとは悩む間もなく、東京のマンションを引き払い、静岡が生活の基盤となりました。</p>
<p><img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2011/07/takako07_4.png" alt="" title="takako07_4" width="318" height="244" class="alignnone size-full wp-image-2573" /><br />
＊生活の基盤の地となった静岡</p>
<p>静岡に私たちの荷物を運びいれてちょうど１カ月たちますが、その前には母の荷物が目いっぱいあって、その整理にも途方にくれてしまいました。まだまだ捨てるものはいっぱいありますが、すでにもう４５リットルのゴミ袋１００個以上は捨てました。<br />
自分のものを捨てるのにも大変なのに、亡き母の洋服や生活用品などなどを捨てていくのは<br />
それはもう気が遠くなるような作業でした。たぶん私と同じような年代の方たちの母親というのは<br />
ものをとっておく世代の人たちなのではないかと思いますが、それにしてもその量は半端ではありませんでした。私の子供のころの洋服や着物、すべてが大事にしまわれ、家の中を占領しているのでした。あきれると同時に、形見として、差し上げられないような母の洋服などを捨てていくのは、かなり試練でした。</p>
<p>今回の母の死で、私は短い間に、ものすごくたくさんのことを勉強しました。<br />
人一人亡くなるのは、考えていたよりも大変なことで、その人が亡くなったからといって、そこで<br />
いろいろなものがなくなるわけではなく、家族がそれを引き継ぎ、数カ月、数年かけて、処理していくことになります。そこで思ったのは、人間はやはり一人では生きていくこともできないし、死んでいくこともできないということです。<br />
それと、身にしみて思ったことは、人は自分のことだけをしていてはいけない、自分以外の人のことをする時間がなければ、一人前の人間とはいえないのではないかということです。<br />
子供のいない私は今まで、自分の好きなように生きてきました。結婚をして、食事のしたくなど家事もしますが、それとて自分たちのためで、人のために‘時間’を割くということをあまり、やってきませんでした。１９歳から東京や海外に暮らし、思い切り自分本位で自由自在に生きてきました。もろろんこれから先も好きなように生きていくつもりですが、これから先は、人のためにも時間がある生活をしようと心に決めました。ということは、仕事ばかりはしていられません。</p>
<p>どうしてこんな思いになったかというと、母の葬儀をするにあたって、葬儀センターの担当の方といろいろなことを決めて行ったのですが、その中でお通夜、葬儀の受付をどうするかということがありました。静岡では、友人のほか、ご近所にその役をお願いするということを知ったのですが、私は実家のご近所の方とは全く面識がなく、受付をお願いするなんてとてもじゃないですが、お願いできる立場でないので、料金が高くなっても葬儀センターにお願いしようと思いました。けれども葬儀担当何十年のプロの担当の方に、こういう場合はご近所の方に甘えさせていただくのが、筋で、こうやってご近所どおし、助け合っていくということを教えてもらい、私の実家の地域の組の方、全員に助けてもらうことになりました。仕事をしている男性もその奥さんもみんなが助けてくれて、感謝の気持ちと申し訳ない気持ちでいっぱいで、友人や親せき関係でない、地域の助け合いの意味を知りました。</p>
<p>それから勉強したこと、もうひとつは、葬儀の後、お骨のある仏壇に四十九日の間、毎日食事をお供えするのがどんなにか大変かを知ったのですが、食事の内容を考えるのもお供えのことを考慮して、それから自分たちが食事をとるのもお供えをしてからと、結構お供えに振り回されていました。かなりの負担でした。忙しい生活の中でこれはどういう意味なのだろうと考えました。これをする意味はなんだろうと。<br />
そこで思いあたったのが、人間は自分以外のだれかのことを考える時間が１日の中で必要だということでした。亡くなった母や仏壇にいるご先祖たちは実際にはお供えを食べることはしません。でもお供えや毎日、朝一番にお茶をさしあげることで、私たちは自分以外の何かに時間を捧げることを学ぶのではないでしょうか。自分の限られた時間をだれかのために使う。自分のことだけでなく、ほかの人への時間を持つ余裕が人間には必要なのだと思います。ものすごく忙しい毎日の中で、自分以外の人のことを考える時間がある人とない人では、人生のクオリティが大きくちがうのでないでしょうか。</p>
<p>あれから２カ月半が経ちましたが、この間、ものすごくたくさんの体験をし、住まいも変わり、今まさに人生の大転機の渦の中にいます。母の他界はとてもショックでした。でも後悔の念がないのは、私があるときを境に、母がいつかはいなくなるということを受けとめ、母とケンカすることがあったても、どんなときも後悔のないように、母に接しようと心に決めていたことです。母がある程度の年になったときには、母のわがままにも目をつぶり、できる限りのことをしてきました。母と心からコミュニケーションができた時間があまりなかったことは残念ではありますが、いくら母と娘でも意見が合わないというのはしょうがないことだと思います。子供の頃から海外にあこがれ、日本を出てたくさんの冒険をしたいと思っていた私と、平凡が一番と思っていた母とはいくら話しても平行線をたどるばかりでした。</p>
<p>母が思っていたよりもずっと早く、他界してしまったことは、もちろん悲しいですが、私にとって一番の心配ごとがなくなった今、ある意味、自由になり、精神的にまた強くなりました。今日、これを書いていく中で、母のことを思いだし、静かにたくさんの涙を流しました。でも悲しみに浸るのはこれを最後にしたいと思います。今後は、自分に制限を与えず、思う存分、明日死んでも後悔しないように生き、自分の役目をはたしていこうと思っています。魂を包みこんでいるこの肉体にもがんばってもらわなければなりません。</p>
<p>フルード貴子</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://ambiente-jp.com/takako/%e4%ba%ba%e7%94%9f%e3%81%ae%e5%a4%a7%e8%bb%a2%e6%a9%9f.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>前世へのタイムトリップ</title>
		<link>http://ambiente-jp.com/takako/%e5%89%8d%e4%b8%96%e3%81%b8%e3%81%ae%e3%82%bf%e3%82%a4%e3%83%a0%e3%83%88%e3%83%aa%e3%83%83%e3%83%97.html</link>
		<comments>http://ambiente-jp.com/takako/%e5%89%8d%e4%b8%96%e3%81%b8%e3%81%ae%e3%82%bf%e3%82%a4%e3%83%a0%e3%83%88%e3%83%aa%e3%83%83%e3%83%97.html#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 31 Jan 2011 15:00:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Ambiente Official site</dc:creator>
				<category><![CDATA[月刊 貴子]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://ambiente-jp.com/takako/%e5%89%8d%e4%b8%96%e3%81%b8%e3%81%ae%e3%82%bf%e3%82%a4%e3%83%a0%e3%83%88%e3%83%aa%e3%83%83%e3%83%97.html</guid>
		<description><![CDATA[みなさま、こんにちは。 今日は、先日私が体験したお話を聞いてください。 去年の秋ごろから私の周りで、ヒプノセラピーで前世を知ったいう人が次々に現れてきたので、これは私も受けなくてはと、２か月待ちの予約がようやく現実となっ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>みなさま、こんにちは。<br />
今日は、先日私が体験したお話を聞いてください。</p>
<p>去年の秋ごろから私の周りで、ヒプノセラピーで前世を知ったいう人が次々に現れてきたので、これは私も受けなくてはと、２か月待ちの予約がようやく現実となって、自分の前世を旅してきました！</p>
<p>本格的なヒプノセラピーというものを受けるのは生まれて初めての体験だったので当日はドキドキで、本当に私も自分で前世を見れるかな～と思っていたのですが、プロのヒプノセラピスト・ひらかとしゆき先生に上手に先導されて、過去に私の魂を持った別の人物に遭遇したのでした。</p>
<p><img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2011/01/takako02_1.png" alt="アンビエンテ 前世へのタイムトリップ" title="アンビエンテ 前世へのタイムトリップ" width="260" class="alignleft" /><br />
目をつぶって、ひらか先生の落ち着いた声に導かれて深い呼吸を繰り返していると目の前にスクリーンのような感じになって私は催眠の世界に入っていくことになりました。<br />
ひらか先生の誘導で、私がワープした世界はなんと１８４８年のスイスでした・・・・。</p>
<div class="clearboth"></div>
<p>《見えたのはこんな場所》</p>
<p>まず最初は足元を見るように誘導してもらい、半信半疑で目をつぶったまま、目の前のスクリーンで足元をみるように自分に言い聞かせると、うっすらと長いこと履き込んだこげ茶色の革靴が見えてきたのでした・・・。<br />
そしてその次は足首をみるように言われて、見てみると、黒い靴下が・・・・。</p>
<p>こうやって足元から現れ出てきた人は、巻き毛の人のよさそうな中年の男性、名前はジョゼフ。<br />
その人が私の魂を持った前世の人でした。</p>
<p><img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2011/01/takako02_2.png" alt="アンビエンテ 前世へのタイムトリップ" title="アンビエンテ 前世へのタイムトリップ" width="260" class="alignleft" /><img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2011/01/takako02_3.png" alt="アンビエンテ 前世へのタイムトリップ" title="アンビエンテ 前世へのタイムトリップ" width="260" class="alignleft" /></p>
<div class="clearboth"></div>
<p>《大草原の小さな家に出演していたマイケル　ランドンに似ているこんな人でした・・・・》</p>
<p>ひらか先生の質問により、どんどんと情報があふれ、ジョセフの仕事、それからジョゼフの妻が現れてきました。その妻にはなぜかしあわせ感がなくて、いつも主人であるジョセフのことやそのほかのことを心配して晴れ晴れとした気分で暮らしていないような状況でした。</p>
<p>ひらか先生に、『その妻は前世ではだれですか？よ～くその妻の顔を、目をみて。』と言われ、その瞬間にそれは母だとわかりました。<br />
そうです、母は心配症でいつも自分や他人のすることをハラハラしながら見守っているような人なのです。</p>
<p>ここで私と母の関係性が明らかになり、母の私に対する思い、そして私の母に対する思いが浮き彫りになってきました。<br />
こんな風に、今生で関係している人々がちがう姿で現れて、私はだんだんとその人たちとの関係をひも解いていくことになりました。<br />
自分の親、今まで出会った人々、伴侶。出会ったのには、訳があったのでした。<br />
途中、最近私が感じていた問題のテーマとなった出来事に帰っていく場面ではジョゼフは5歳になり、私は自分の子供のころの悲しかった心情を語ったのでした。</p>
<p>その後、ジョセフは年老いて、みんなにその功績を称えられながら、静かに息をひきとっていきました。<br />
途中、何度も涙が溢れ、感情的になりながらセッションは進んで行きました。</p>
<p>そして最後は、ジョセフは、天に昇り、私がイメージした神ともいえるすべてを超える存在である白髪の白い衣をまとった老人に姿を変え、その老人からメッセージをもらいました。</p>
<p>そのメッセージは<br />
要約すると、「時代は変わった。人生を進んでいくときにつらい道を選ばなくても知恵は来る。時代の波に乗りなさい。そうすれば心配することはない。」というものでした。</p>
<p>私は日本で生まれ、地方都市の静岡市で１９歳まで過ごし、20代には、北アメリカに短期留学したり、パリで数カ月働いたり、その後東京、香港でも過ごしてきましたが、私の下地を作っていたのは昭和の日本の教育と両親、まわりの人たちの自由があまりない、制限ある考え方だと思います。<br />
それは、「苦労は買ってでもするもの」とか、「つらいことから人は学ぶもの」、「身の程を知って生きる」といったようなつらいこと、きびしいことをよしとしたり、美化したり、ある枠の中で生きるのをよしとするような考え方だと思います。<br />
大人になって独り立ちするまでは、この考え方に取りつかれ、いつも制限があって、自由に羽ばたけない自分がいました。それが嫌で私は海外に逃げて行きたかったのです。</p>
<p><img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2011/01/takako02_4.png" alt="アンビエンテ 前世へのタイムトリップ" title="アンビエンテ 前世へのタイムトリップ" class="alignleft" /><br />
今となってはその生い立ちが今の自分を形成したので、それはそれでよかったわけですが、これからは、あえてつらい道を選ばなくてもいいんだということを知りました。<br />
今まできびしい道を通らないとしあわせになれないと思いこんできた私へのメッセージなのでしょう。</p>
<div class="clearboth"></div>
<p>《私の魂はこんな場所に・・・・・？こんな感じの光景がみえました》</p>
<p>セラピーが始まって、また元の自分にもどるまでの時間は、３０分くらいだと思っていたらなんと３時間が流れているとのことでとても驚きました。</p>
<p>今回のヒプノセラピーでは私は過去生を旅しましたが、人によっては自分がマンガのキャラクターになって、自分をとりまく環境を見ることになったり、毎回、人によって体験はちがうと聞きました。</p>
<p>このヒプノセラピーでは、自分の中から自分に必要なメッセージがやってきましたが、そのメッセージもさることながら、自分がタイムトリップをし、まったく知らない時代の知らない土地を旅したことが、私にとっては印象的でした。人から聞くのではなく、自ら前世をみた、このセラピーのあと、私は一人ではないと感じるようになって、心強くなりました。</p>
<p><img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2011/01/takako02_6.png" alt="アンビエンテ 前世へのタイムトリップ" title="アンビエンテ 前世へのタイムトリップ" class="aligncenter" width="260" /></p>
<div class="clearboth"></div>
<p>《ヒプノセラピー中にみた光景はこんな感じ。去年のオーラリーディングでもこんな光景が私のオーラにあったと言われていました》</p>
<p>身体は今回１回限りのものですが、魂は何度も生まれ変わり、いろいろなことを体験していると思うと、自分ってすごい存在だなと感じます。自分の潜在意識の中にはものすごくたくさんの知恵があって、それを取り出せばいいのだということもわかりました。<br />
そして今生で学んだことは次にだれかの身体に入って生かされていくと考えるとすべての体験を大切に残さなくてはと思えます。</p>
<p>前世はあるかどうかはわかりません。<br />
でも催眠にかかった自分が、擬人化した大いなる存在からのメッセージを台本なしにすらすらとしゃべり、そのメッセージが、心にストンと落ちる内容だったので、この前世療法はとても頼りになるセラピーだと思いました。</p>
<p>何か解決したいことがあった場合はまた催眠をかけてもらい、神様のような大いなる存在に尋ねてみたいと思います。それから何よりも自分の魂が、どんな時代にどんな場所に存在していたかをもっと知りたいと思います。<br />
まだまだ自分にはまだ知らない知恵が眠っているにちがいありません。それを掘り起こして、新たなる可能性を解いてみたいと思うのです。</p>
<p>これから何百年後に、ちがう人となった私の魂が前世療法を受け、今の私に会うかもしれません。1900年代後半から2000年代初めを生きた私はどんなことを未来の自分に伝えるのでしょうか。</p>
<p>女神パワーを発揮して、社会に役立ちながら、楽しく痛快にダイナミックに生きた私は、環境や古い考え方に振り回されずに、思い通りに、願い通りに生きることができるようになった新しい時代を体験したとぜひいいたいと思います。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://ambiente-jp.com/takako/%e5%89%8d%e4%b8%96%e3%81%b8%e3%81%ae%e3%82%bf%e3%82%a4%e3%83%a0%e3%83%88%e3%83%aa%e3%83%83%e3%83%97.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>11のシンクロニシティ</title>
		<link>http://ambiente-jp.com/takako/11%e3%81%ae%e3%82%b7%e3%83%b3%e3%82%af%e3%83%ad%e3%83%8b%e3%82%b7%e3%83%86%e3%82%a3.html</link>
		<comments>http://ambiente-jp.com/takako/11%e3%81%ae%e3%82%b7%e3%83%b3%e3%82%af%e3%83%ad%e3%83%8b%e3%82%b7%e3%83%86%e3%82%a3.html#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 17 Jan 2011 22:49:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Ambiente Official site</dc:creator>
				<category><![CDATA[月刊 貴子]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://ambiente-jp.com/takako/11%e3%81%ae%e3%82%b7%e3%83%b3%e3%82%af%e3%83%ad%e3%83%8b%e3%82%b7%e3%83%86%e3%82%a3.html</guid>
		<description><![CDATA[みなさま、こんにちは。 新しい年、2011年が始まりましたね。 どうぞ今年もよろしくお願い申し上げます。 2011年は私にとって、特別な年となりそうです。 といいますのは、 自分の中で数字の11は、『前に進んでも大丈夫。 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>みなさま、こんにちは。<br />
新しい年、2011年が始まりましたね。<br />
どうぞ今年もよろしくお願い申し上げます。</p>
<p><img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2011/01/takako01_1.png" alt="アンビエンテ 11のシンクロニシティ" title="アンビエンテ 11のシンクロニシティ" width="260" class="alignleft" /></p>
<div class="clearboth"></div>
<p>2011年は私にとって、特別な年となりそうです。<br />
といいますのは、<br />
自分の中で数字の11は、『前に進んでも大丈夫。やっていることにまちがいはないよ。ＯＫ！！』というサインなので、11のつく、2011年は毎日11とかかわることになり、1年の間で、かなりの変化があるのではないかと推測しているところです。</p>
<p>11という数字が、私のＯＫサインになった、ことの起こりは2002年のことでした。<br />
クリスティーナというポーランド人のサイキックに香港でチャネリングを受けた際、これから自分がやりたいことは、たくさんの人にインスピレーションが降ってくる空間を作るというインスピレーションを受けました。</p>
<p><img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2011/01/takako01_2.png" alt="アンビエンテ 11のシンクロニシティ" title="アンビエンテ 11のシンクロニシティ" width="260" class="alignleft" /><br/>帰国後、３ヶ月後にインスピレーションが降ってくる空間、２件目のお店ができあがったのですが、そのオープンの日が11日、新しく命名した店名、イスピラーレという画数も１１ということが偶然起こったので、いつとはなしに11が私にとって、ＯＫサイン、同時にいいことを引き寄せるシンクロナンバーとなったのです。</p>
<div class="clearboth"></div>
<p><img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2011/01/takako01_3.png" alt="アンビエンテ 11のシンクロニシティ" title="アンビエンテ 11のシンクロニシティ" width="260" class="alignright" /><br/>新しいお店、イスピラーレには北アメリカ、ハワイ、オーストラリア、イギリス、ポーランド、アイルランド、ドイツ、キプロスからセラピストさんや不思議な能力を持つ方々が、いらしては、たくさんの方々を癒したり、生き方の知恵を伝授したり、鼓舞したりしてくれる場所となりました。</p>
<div class="clearboth"></div>
<p>その後、私にとってのＯＫサインであり、シンクロナンバーともいえる11はいろいろな場面に現れてきました。<br />
私の伴侶の誕生日は1月11日、出会って初めてこのことを聞いたとき、この人なのかな、結婚するのはと思いました。<br />
英語で書けば、11-1となります。<br />
イスピラーレのオープン日、画数は11というのは前に書きましたが、新しく引っ越した先のイスピラーレの住所の番地は11-1.</p>
<p>これも物件を探している最中に知り、迷わずそのビルに決めました。</p>
<p>11のシンクロはまだ続きます。去年の夏から習いに行っている和裁の先生のマンションのお部屋は1101号室。<br />
外国から来た伴侶を初めて、九州に案内したとき乗った新幹線の席番は11号車１１番。<br />
11というナンバーが来たときは、『今のやり方にまちがえないよ。これでＯＫ。この番号とシンクロして、いいことが起きるよ。』というサインですから、この番号が出たときは迷うことなく、安心して前に進んでいけます。</p>
<p>そして、今年、新年初めてのスタッフミーティングのために乗った新幹線が11号車11番だったので、その話しをスタッフにしたら、なんと彼女は1月11日の日、新幹線にのったら11号車11番だったそうです。<br />
そして歌舞伎を見に行くつもりで予約したら座席も11番だったとのこと。<br />
また11の番号が、スタッフを通しても、目の前にたくさん現れてきました。これだけのシンクロがあったので、今年はいい年になるにちがいないと勝手に決めました！</p>
<p><img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2011/01/takako01_4.png" alt="アンビエンテ 11のシンクロニシティ" title="アンビエンテ 11のシンクロニシティ" class="alignleft" /><br />
11という数字はゲートを意味する番号。<br />
もしかして2011年の今年はたくさんの方々がゲートを潜り抜けて、新しい世界に足を踏み入れるのかもしれませんね。</p>
<div class="clearboth"></div>
<p>《※このゲートをくぐると何が現れるのでしょうか。》<br />
<img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2011/01/takako01_5.png" alt="アンビエンテ 11のシンクロニシティ" title="アンビエンテ 11のシンクロニシティ" class="alignleft" width="260" /><br />
あるときイギリス在住のサイキックな力を持つ日本人作家の小宮ベーカー純子さんが<br />
ワークショップの中で、自分のシンクロサインを決めると悩まないということを教えてくれました。小宮ベーカーさんはこのサインをサイレンの音にしてあるそうで、普通だったら、ドキっとしてしまうサンレンの音は、ＯＫサインなので、うきうきしてしまうとのことでした。</p>
<div class="clearboth"></div>
<p>《※イギリス在住の日本人作家　小宮ベーカー純子さん》</p>
<div class="clearboth"></div>
<p><img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2011/01/takako01_6.png" alt="アンビエンテ 11のシンクロニシティ" title="アンビエンテ 11のシンクロニシティ" class="alignright" /><br />
シンクロサインを決めると、今までよりもそのサインに遭遇しやすくなります。そして、そのサインが出た時は、ＯＫサインまたはＧＯサインですので、悩んでいる時間も減ってくると思います。おもしろいので、ぜひ何かサインを決めてみませんか。</p>
<p>それではみなさまが楽しみながらゲートを潜り抜け、すてきな新しい境地に着かれますように。<br />
それでは、2011年の始まり。楽しく進んで参りましょう！！！</p>
<div class="clearboth"></div>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://ambiente-jp.com/takako/11%e3%81%ae%e3%82%b7%e3%83%b3%e3%82%af%e3%83%ad%e3%83%8b%e3%82%b7%e3%83%86%e3%82%a3.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>魅惑のバリ島より</title>
		<link>http://ambiente-jp.com/takako/%e9%ad%85%e6%83%91%e3%81%ae%e3%83%90%e3%83%aa%e5%b3%b6%e3%82%88%e3%82%8a.html</link>
		<comments>http://ambiente-jp.com/takako/%e9%ad%85%e6%83%91%e3%81%ae%e3%83%90%e3%83%aa%e5%b3%b6%e3%82%88%e3%82%8a.html#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 09 Dec 2010 07:29:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Akane</dc:creator>
				<category><![CDATA[月刊 貴子]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://ambiente-jp.com/?p=2026</guid>
		<description><![CDATA[みなさま、こんにちは。 ２０１０年の師走、いかがお過ごしでいらっしゃいますか。 私は今、ジュリア　ロバーツ主演の映画 【食べて、祈って、恋をして】 の舞台となったバリ島のウブドという村に来ています。 こちらでは、まだ真っ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>みなさま、こんにちは。<br />
２０１０年の師走、いかがお過ごしでいらっしゃいますか。<br />
私は今、ジュリア　ロバーツ主演の映画 【食べて、祈って、恋をして】 の舞台となったバリ島のウブドという村に来ています。</p>
<p><img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2010/12/takako12_1.png" class="alignleft" alt="アンビエンテ スウェーデンの森" title="アンビエンテ スウェーデンの森" width=260 class="alignleft" /></p>
<div class="clearboth"></div>
<p>こちらでは、まだ真っ暗な夜明け前の早朝４時からヨガをし、<br />
朝一番の新鮮な空気と太陽を浴びながら瞑想をし、<br />
３週間を過ごすことになっています。</p>
<p>人にはそれぞれ縁のある土地というものがあると思いますが、<br />
私にとって、このバリ島は切ってもきれない縁でつながれています。<img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2010/12/takako12_2.png" alt="アンビエンテ スウェーデンの森" title="アンビエンテ スウェーデンの森" height=180 class="alignleft" /> <img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2010/12/takako12_3.png" alt="アンビエンテ スウェーデンの森" title="アンビエンテ スウェーデンの森" height=180 class="alignleft" /></p>
<div class="clearboth"></div>
<p>この土地との縁は、２０代の最初に始まりました。<br />
あの頃、私は、先の見えない未来を模索し、悶々とした日々を過ごしていました。</p>
<p>そんなある日、新宿のあるアジアン雑貨店で、『バリ島でホリデーを楽しみながら、雑貨店で働きませんか』という小さな広告を見つけました。<br />
その頃、就職もせずに気軽な気分でアルバイトしていた私は、即座にその広告主であるＧ商社に電話をし、早速荷物をまとめ、バリ島へ向かいました。</p>
<p>現地についてみると、事情があって、そのお店では、働けないことになったのですが、お店のオーナーが滞在費をすべて負担してくれることになり、数週間の間、毎日、海に繰り出し、青春を謳歌することになったのでした。</p>
<p>このすてきな体験をさせてくれた日本のＧ商社には、心から感謝してたくさんの思い出を抱えて日本に帰国しました。これが私の初めてのバリ滞在でした。</p>
<p>そして時は流れ、それから１０年後、私の引っ越したマンションの隣に、このＧ商社があったときには、バリ島との並々ならぬ深い縁を感じたものです。</p>
<p>２回目のバリ滞在は、その後２０代の中頃にやって来ました。旅好きが高じて、旅行会社に就職をし、１年ほどたったときに、インドネシアの影絵、ワヤンの第一人者である有名な先生から、インドネシア旅行の添乗をお願いされました。<br />
当時私の働いていたこの旅行会社は、今は日本一と言われるほど、有名になっていますが、当時はまだまだ小さくて、旅行を企画し、添乗員の役目を果たしたのは、私が初めてのことでした。<br />
こうやって自分の意思には関係なく、また私はバリ島の地を踏むことになりました。</p>
<div class="clearboth"></div>
<p>そして、時は流れに流れ、３０代から４０代に変わる頃、またバリ島が私にアプローチをかけてきました。<br />
２件目のお店を静岡に出した２００２年、私は心苦しい夏を過ごしておりました。<br />
一生の内には何度か大きな人生の転機があると思いますが、まさにそんなときでした。<br />
仕事も手につかず、夜も眠れず、大変な最中、あるメールが入ってきました。<br />
アメリカ人女性のクリスタルボールのリトリートがあるのでバリ島に来ませんかというものでした。<br />
苦しいときにあっては渡りに船。<br />
メールを読んで二日後にはバリ島に飛んでいました。<br />
時はちょうど旅行シーズンたけなわのお盆にも関わらず、必要なときに天はいつでも味方をしてくれるようで、航空券は１本の電話で予約がとれ、しかもそれはマイレッジを使った無料航空券でした。</p>
<p>現地についてみると、いつもは世界中から何十人もの人が集まるクリスタルボールのリトリートの参加者は、なんと私一人で、先生二人に生徒一人という形で１週間、<br />
朝から晩まで先生とともに過ごし、リトリートは進行していきました。<br />
<img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2010/12/takako12_4.png" alt="アンビエンテ スウェーデンの森" class="alignleft" title="アンビエンテ スウェーデンの森" width=200 />私のためだけに奏でられるクリスタルボールの演奏を始め、バリのお坊さんによる浄化の儀式などに参加して、日本に帰ったわけですが、一連のクレンジングを終了した私は、アンビエンテのお店のスタッフによると、真っ白な存在という感じだったそうです。<br />
事実、心が抜かれたように、ものに対して、感情がない状態になっていたのでした。<br />
まさに浄化とはどういうことかと、身をもって体験しました。<br />
浄化をすると人生が変わるといいますが、身体は同じでも物事に対する感じ方が変わってしまうので、人生はその後よどみなく流れやすくなるということが理解できたリトリートでした。</p>
<div class="clearboth"></div>
<p>そのとき泊ったホテルが、今私が滞在しているホテルなのですが、その後、アシュタンガヨガというヨガを日本に普及したハラクマケンさんのヨガリトリートをバリ島で、まとめることになったときに、会場を探すこともなく、このホテルの緑の見晴らしがすばらしい場所をヨガスペースとして、すんなりと使わせてもらえることになり、あれから、毎年、このヨガリトリートは決行されることになり、今年で８年経ちました。</p>
<div class="clearboth"></div>
<p><img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2010/12/takako12_5.png" alt="アンビエンテ スウェーデンの森" title="アンビエンテ スウェーデンの森" height=180 class="alignright" />話は前後しますが、アメリカでサトルエナジー学会という人のエネルギーを勉強する学会に行った際に、パンタ笛吹さんというスピリチュアル作家のアメリカのご自宅に<br />
泊めてもらったことがあるのですが、そこに時を同じくして、寺島さんという方がおいでになっていて、その方こそ、前記のアメリカ人女性のクリスタルボール奏者を日本に初めて招いた方であるということを知り、バリ島をめぐっての不思議な縁続きに、ただただ驚きました。<br />
この寺島先生という方ですが、ばりばりのビジネスマンだった頃、ガンに侵され、余命３カ月と告知されてからご自分でガンを完治した方で、アメリカの作家であり医師であるアンドリューワイル氏からも一目おかれている勇気ある方です。</p>
<p>バリ島を通して、ここに書ききれないほど、たくさんの奇想天外なシンクロニシティが起きましたが、とにかくこのバリ島は私にとっては縁の深い場所なのです。</p>
<div class="clearboth"></div>
<p><img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2010/12/takako12_10.png" alt="アンビエンテ スウェーデンの森" class="alignleft" title="アンビエンテ スウェーデンの森" height=160 />ジャネット・ジャクソンやカトリーヌ・ドヌーブなどの有名人を顧客に持つ、シャンカリジュエリーという、奇跡を起こすといわれるジュエリーに出会い、自分自身に奇跡が起こり、さらにその不思議を探求するために、製作者である、シャンカリ女史自身からホワイトマジックを学んだのもバリ島です。</p>
<div class="clearboth"></div>
<p><img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2010/12/takako12_8.png" alt="アンビエンテ スウェーデンの森" class="alignright" title="アンビエンテ スウェーデンの森" height=180 />それぞれの土地にはそれぞれのエネルギーが宿っていると思いますが、私にとって、バリ島は扉のような働きをしてくれているようです。<br />
この扉を開くと、人生の次なるステージが待っているのです。<br />
こんな体験をするのは私だけではなく、国籍を問わず、たくさんの人々が、むせかえるような香りを放つ南国の花々、生命力あふれる緑、果物、太陽、満天に輝く星に見守られながら、人生の変容を体験しているようです。</p>
<div class="clearboth"></div>
<p><img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2010/12/takako12_9.png" alt="アンビエンテ スウェーデンの森" class="alignleft" title="アンビエンテ スウェーデンの森" height=200 />今回、日本に帰ったあと、どんなステージが用意されているのでしょうか・・・・・・。<br />
またご報告させていただきますね。魅惑の地、バリ島より</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://ambiente-jp.com/takako/%e9%ad%85%e6%83%91%e3%81%ae%e3%83%90%e3%83%aa%e5%b3%b6%e3%82%88%e3%82%8a.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>秋のスウェーデンより</title>
		<link>http://ambiente-jp.com/takako/%e7%a7%8b%e3%81%ae%e3%82%b9%e3%82%a6%e3%82%a7%e3%83%bc%e3%83%87%e3%83%b3%e3%82%88%e3%82%8a.html</link>
		<comments>http://ambiente-jp.com/takako/%e7%a7%8b%e3%81%ae%e3%82%b9%e3%82%a6%e3%82%a7%e3%83%bc%e3%83%87%e3%83%b3%e3%82%88%e3%82%8a.html#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 11 Oct 2010 23:51:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Akane</dc:creator>
				<category><![CDATA[月刊 貴子]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://ambiente-jp.com/?p=1855</guid>
		<description><![CDATA[みなさま、こんにちは。 ずいぶんとご無沙汰してしまいました。 実はこの数カ月、いろいろなことを体験していました。 婚姻の届け、伴侶の日本滞在許可書の取得、引越し・・・・。 外国人が日本人と結婚し、住まうために提出する書類 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>みなさま、こんにちは。<br />
ずいぶんとご無沙汰してしまいました。<br />
実はこの数カ月、いろいろなことを体験していました。<br />
婚姻の届け、伴侶の日本滞在許可書の取得、引越し・・・・。<br />
外国人が日本人と結婚し、住まうために提出する書類の大変さ、複雑さに、<br />
眠れない夜もあったりしながら日々を過ごしておりました。</p>
<p>そして今、スウェーデンに来ております。<br />
こちらはもうすっかり秋が深まり、木の葉は黄金色に輝き、美しいたたずまいをみせてくれています。</p>
<div class="clearboth"></div>
<p><img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2010/10/takako10_1.png" class="alignleft" alt="アンビエンテ スウェーデンの森" title="アンビエンテ スウェーデンの森" width=150 />昨日はひとしきり仕事を終えたあと、森へ向かいました。<br />
秋の森には、おいしいマッシュルームやビタミンCたっぷりのローズヒップや秋の収穫がいっぱいで、もみの木や白樺、樫の木、メイプルの木からは森の香りが立ち上り、アロマランプなしのアロマテラピーを体験できました。<br />
しばしの間、時間が立つのも忘れ楽しみました。</p>
<p>そして、今日は７月からシニアハウス（日本でいう老人ホームです）に入った９０歳になる義理の母を訪ねました。<br />
お昼を少し過ぎた時間だったせいか、義理の母は、数人の老人たちとランチのあとのデザートを食べているところでした。<br />
以前にも増してふっくらとした義理の母をみて、ほっとすると同時に、ここに家族と離れてどんな気分で暮らしているのか、また、私の伴侶に対しては、子供として、母親が自分の家を離れ、こうやって老人ホームに入ったことをどう感じているのかが、とても気になりました。<br />
伴侶にいろいろな質問を投げかけてみてわかったことは、スウェーデンでは、老いを迎えた親と同居という習慣はすでに１９３０年頃には終っていて、年老いた親たちは、伴侶がいなくなり、一人で暮らすことが大変になると、シニアハウスに移り、そのことをだれもが当然のことと受け止めているようです。</p>
<p><img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2010/10/takako10_2.png" alt="アンビエンテ スウェーデンの森" title="アンビエンテ スウェーデンの森" height=130 /> <img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2010/10/takako10_3.png" alt="アンビエンテ スウェーデンの森" title="アンビエンテ スウェーデンの森" height=130 /> <img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2010/10/takako10_4.png" alt="アンビエンテ スウェーデンの森" title="アンビエンテ スウェーデンの森" height=130 /></p>
<div class="clearboth"></div>
<p>市で運営されているシ二アハウスは、とても小奇麗で明るいところでした。<br />
義理の母の部屋には以前住んでいた家から運ばれたテレビやソファがおかれていて、大きな窓から日がさんさんと降り注いていました。<img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2010/10/takako10_5.png" alt="アンビエンテ スウェーデンの森" class="alignright" title="アンビエンテ スウェーデンの森" height=150 /><br />
広さはなかなり大きくて、畳で表すと２０畳ぐらいでしょうか。部屋の中には大きなバスルームもあって、シャワーと手すりつきのトイレがありました。それから小さなキチネットもついています。住居費は年金で事足りるとのことでした。</p>
<p>共同のエリアには、ピアノが置かれた明るいリビングルーム、ライブラリー、訪れる家族やここで働く人たちのレストラン、花がいっぱいの手入れの行き届いたガーデンがあって、ちょっとしたホテルのように見えました。<br />
<img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2010/10/takako10_6.png" alt="アンビエンテ スウェーデンの森" class="alignleft" title="アンビエンテ スウェーデンの森" width=150 /></p>
<p>北欧３国のスウェーデン、デンマーク、ノルウェーはGHN（国民総幸福度）で、３国とも１０位以内に入っていて、今注目を浴びていますが、税金が高くても、老後に身体も心も満足できる環境が用意され、安心して老いていける環境も幸福を感じるひとつの要因なのだと思いました。<br />
だれの手を煩わせることなく、年をとっていけるのであれば、将来に対する不安も<br />
少ないのではないでしょうか。</p>
<div class="clearboth"></div>
<p>子供の頃から外国に憧れ、２０代の頃から、ヨーロッパ、北アメリカ、アジアを旅してきましたが、今までスウェーデンには興味を持つことがありませんでした。<br />
昨年の今頃、初めて足を踏み入れたときには、あまりのシンプルさにちっとも魅力を感じることがなかったのですが、その後は、訪れる度にスウェーデンのよさが見えてきて、なんて味わいある国なんだろうと感じています。<br />
<img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2010/10/takako10_7.png" alt="アンビエンテ スウェーデンの森" class="alignleft" title="アンビエンテ スウェーデンの森" height=150 /></p>
<p>今回はお店の商品の仕入れ、取引先へのごあいさつ、クリスマスの見本市、そして、ストックホルムでの欧州武道大会で、日本手ぬぐい、静岡の緑茶を紹介してきます。美しきスウェーデンで出会ったことをまたご報告させていただきますね。<br />
それではまた。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://ambiente-jp.com/takako/%e7%a7%8b%e3%81%ae%e3%82%b9%e3%82%a6%e3%82%a7%e3%83%bc%e3%83%87%e3%83%b3%e3%82%88%e3%82%8a.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>シンクロニシティ</title>
		<link>http://ambiente-jp.com/takako/%e3%82%b7%e3%83%b3%e3%82%af%e3%83%ad%e3%83%8b%e3%82%b7%e3%83%86%e3%82%a3.html</link>
		<comments>http://ambiente-jp.com/takako/%e3%82%b7%e3%83%b3%e3%82%af%e3%83%ad%e3%83%8b%e3%82%b7%e3%83%86%e3%82%a3.html#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 13 Aug 2010 05:44:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Akane</dc:creator>
				<category><![CDATA[月刊 貴子]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://ambiente-jp.com/?p=1542</guid>
		<description><![CDATA[みなさま、こんにちは。今年の夏はひときわ暑いですが、お元気でお過ごしでしょうか。きょうはシンクロニシティについて書かせていただくことにします。最近はシンクロについて書かれた本がいっぱい出ていて、どうやってシンクロを起こす [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>みなさま、こんにちは。今年の夏はひときわ暑いですが、お元気でお過ごしでしょうか。きょうはシンクロニシティについて書かせていただくことにします。最近はシンクロについて書かれた本がいっぱい出ていて、どうやってシンクロを起こすかなど解明されているので、自分でシンクロを起こしている人もいるかもしれませんね。私が実際にシンクロを意識し始めた頃の面白い体験について書かせていただきますが、シンクロは次から次へと人へ伝染するものであるようですので、これを読んでくださった方に同じようなシンクロが起きるかもしれません。</p>
<div>さて本題に入ります。<br />
２００２年の３月、いつも仕事を頑張ってくれているスタッフたちとともに私が２０代の終わりから３０代の始めにかけて過ごした香港に社員旅行をすることになりました。　<img class="alignleft size-full wp-image-1546" title="アンビエンテ 私の人生を変えた香港" src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2010/06/photo_hongkong.png" alt="アンビエンテ 私の人生を変えた香港" width="209" height="182" /><br />
フェリーに乗って、九龍から香港島に移動したり、おいしい飲茶をしたり、時間のある限り生きるエネルギーに充ち溢れた香港を味わったわけですが、そんな中、思い出の場所、当時、精神的に苦しくなるといつも行っていたスピリチュアルなお店に出向いてみました。その後このお店は私の２件目のお店の原型になるのですが、その頃はもちろんそんなことを知る由はありませんでした。</p>
<div class="clearboth"></div>
<p>このお店では毎月、世界中のチャネラーやタロット師、エネルギーヒーラーによるセッションを紹介しているのですが、そのとき紹介していた人は、１９９５年、私が当時住んでいた香港に居続けるか、日本に帰るかとても悩んでいたときに未来に対するアドバイスをしてくれたポーランド人のクリスティーナというスピリチュアルリーダーでした。一緒にいたスタッフも当時まだめずらしいチャネリングなるものを受けたいというので、早速予約をしてみました。けれどもその頃から人気者だったクリスティーナのセッションは数日前から予約は満杯になっていて、どうやら１つも予約は入らないとのことでした。私たちは翌日帰国となっていたので、今回はあきらめ、とりあえず、クリスティ―ナにあいさつだけでもしようとセッションの終わるのを待つことにして、お店の中の商品を見ていました。<br />
と、そのとき電話が鳴り、なんとクリスティーナのセッションにキャンセルが出たのです！！すごいタイミングです。スタッフには申し訳ないのですが、ひとつだけ空いた時間に私が受けることになりました。</p>
<p><img class="alignright size-full wp-image-1545" title="アンビエンテ クリスティーナ" src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2010/06/photo_gekkanchristina.png" alt="アンビエンテ クリスティーナ" width="220" height="331" />久しぶりに会ったクリスティーナに、その後日本に戻りお店を開いたこと、今こうしてスタッフとともに香港に社員旅行で来ていることをひとしきり話したあと、セッションに入りました。予め考えていた相談事というのは、この先何をやったらいいかということだったのですが、彼女の前に座り、録音機を回すと、不思議なことが起こりました。<br />
『私のやりたい事は人の力になれるようなヒーリングやアイデアを提供するお店をすることです。それについて何かアドバイスを下さい。』<br />
とすらすらと自分の口から出てきたのです。クリスティーナは、私を守ってくれている存在、西洋では天使と呼ぶかもしれませんが、とにかく守護霊のような存在からのメッセージを通訳してくれるのですが、それによると、私が開くであろう２件目のお店は、心の深いところからのヒーリングとか過去のトラウマを解消するような深いセッションをする場になるとのことでした。そして、実際的な問題として、場所をどこにしたらいいのかとか、どういう間取りにしたらいいかということをアドバイスしてもらいました。夢中になって相談し、１時間が終わりました。</p>
<div class="clearboth"></div>
<p>お店を出たあと、おしゃれなカフェテラスで、南国の湿気を帯びた風に吹かれて、<br />
スタッフに今後の方向を話したことを昨日のことのように覚えています。<br />
そして、次の日、日本に戻り、早速、私の２件目のお店探しをすることになりました。<br />
不動産屋さんに電話をし、予算を話し探してもらいましたが、<br />
思うような物件は現れませんでした。<br />
数日たった頃でしょうか。私のお店の近くのあるすてきなギャラリーの<br />
マダムから電話があり、今のギャラリーをやめて人に貸したいのだけど、<br />
借りてほしいということでした。<br />
『ええ～、あんなすてきなところを私に・・・・。』<br />
と心底驚き、同時に嬉しく思ったのですが、<br />
バブルの時期にたっぷりとお金をかけて作られたそのビルは、<br />
広さにおいても値段においても、そのときの私の計画からあまりにもかけ離れたものでした。<br />
でもクリスティーナには、新しいスピリチュアルなことを仕事にするのは<br />
私にとって使命のようなものだし、中の内装までそのときの話にでていたので、<br />
思い切って、自分の未来を信じてみることにしました。<br />
こうして物件はいとも簡単に決まっていきました。<br />
私のやりたいことは人を癒すというよりもどちらかというと<br />
自分で自分の問題を解決したり、思い通りの人生を送るのに必要な<br />
インスピレーションを呼び起こす場にしたかったので、<br />
店名はイタリア後でISPIRARE（英語のインスパイア、日本語では鼓舞する）にしました。<br />
そして、開店する日取りは、手帳を開き、内装工事に無理のなさそうな６月１１日と決めました。<br />
そして、人々にインスピレーションを感じてもらうためには私自身、<br />
インスピレーションを起こし、それを信じて行動を起こす人にならなければと思い、<br />
ある実験に乗り出すことにしました。その実験というのは・・・・・。</p>
<p>香港に社員旅行に行く前の年の暮れ、私はある占星術の本に出会いました。<br />
その本によると、人生は生まれた日の天体に大いに影響を受けるけれども、<br />
住む場所を変えたり、移動することによって、行った先のエネルギーを帯びて、<br />
人生は変わっていくとのことでした。<br />
仕事で成功したかったら、仕事に影響を与えるエネルギーを持つ<br />
惑星（これは木星です）のライン上へ移動し、恋愛を成功させたかったら、<br />
恋愛にいい影響を与える惑星（これは金星です）のあるライン上へ<br />
移動すればいいと書いてありました。<br />
例として、無名の俳優からカリファルニアの議員にまで成り上がった<br />
シュワルツネガーの移動例も記してあって、その頃、<br />
私は夢中になってその本を読んでいました。<br />
そして、ついにその真偽を確かめるチャンスがやってきたというわけです。</p>
<p>アストロマップと呼ばれる世界地図に自分の生まれた時間の天体の惑星が書かれている<br />
地図を調べてみると、私にとって仕事上の成功と愛を呼びこむ場所は北欧でした。<br />
緯度をきっちりと調べるとそれはスウェーデンの中央部にあるところでしたが、<br />
そのあたりは地方都市でアクセスも悪く、首都にあるような活気のある町では<br />
なさそうだったので（でも結局、このときから７年後の去年、<br />
この土地から人生を一緒に歩むことになる人が現れました）、<br />
成田空港から直行便のあるデンマークの首都コペンハーゲンに行くことに決定しました。<br />
こう書くと私は興味のあることはどんどん実行できるだけの財力があるように<br />
思われるかもしれませんが、そんなことはなく、２件目のお店を出すにあたっては<br />
数百万円の借り入れをしていますし、だれかが引いてくれた線路の上を走るのではなく、<br />
未知の世界を行くような仕事になるわけですからもちろん不安もありました。<br />
でも人にインスピレーション、直感を感じてもらうのが仕事ならば、<br />
自分がそういう人でなければ説得性もないので、ここ一番、<br />
お金のことより、自分のインスピレーションに従うことにしたのです。<br />
こうやって私は５月のある日、私にとって、豊かさと愛を運んでくれる北欧に向けて旅立ちました。<br />
そういえばこのとき、乗った飛行機で、エコノミークラスから<br />
ビジネスクラスに格上げしてもらったので、やっぱりアストロマップはすごいなと<br />
思いながら機内でシャンパンを飲んた記憶があります。<br />
<img class="aligncenter size-full wp-image-1543" title="アンビエンテ アストロマップ" src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2010/06/photo_astro.png" alt="アンビエンテ アストロマップ" /></p>
<div class="clearboth"></div>
<p>さて、デンマークについたのですが、知り合いがだれもいないコペンハーゲンで、ちょっと落ち込みもしましたが、アストロマップを信じて、町の中を歩き続けました。そして帰国が近づいたある日、コペンハーゲン郊外の小さな町でかわいいクリスタルショップを見つけました。<br />
<img class="alignleft size-full wp-image-1544" title="アンビエンテ コペンハーゲン" src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2010/06/photo_copenhagen.png" alt="アンビエンテ コペンハーゲン" width="209" height="182" /><br />
中に入ってみるとクリスタルやキャンドル、インセンス、CDなどが並び新しいお店の参考になるようなお店でした。美しい金髪の長い髪に、オレンジ色のセーターがすてきな女性が一人で切り盛りしていました。勇気をだして、来月私は日本でクリスタルとかパワーストーンを扱い世界中のヒーリングを紹介したり、実際にヒーラーや人生をコーチしてくれる人を紹介するお店を開こうと思っているのでお店を見せて欲しいと声をかけてみました。するとその女性は、<br />
『まあすてき！！うまくいくといいわね。それでそのお店というのはいつ開くわけ？』と気さくに切り返してくれました。<br />
『来月の６月１１日です』と答えると今度は<br />
『それであなたの誕生の日は？』と聞いてきたので<br />
『29日』と答えると、<br />
『2足す９で１１。開店の日も１１だから１１のシンクロが起きているわね。<br />
シンクロが起きるときって、流れに乗っているってこと。<br />
それにその日は新月。まさに始まりにふさわしい日だわね。』<br />
とうれしくなるようなことを言ってくれました。<br />
偶然決めた６月１１日にシンクロが起こり、しかも新月の日なんて驚きでした。<br />
あとで聞いてみれば彼女は占星術師で本も出していて、<br />
スピリチュアルと仕事をバランスよくこなしている女性のようでした。<br />
日本人女性と話すのは初めてのようで私は彼女のお店の閉めるのを手伝って、<br />
公園に出かけ、アイスクリームをおごってもらい、その頃日本で人気が<br />
起きつつあったクリスタルについて、スピリチュアルビジネスについて教えてもらったのです。<br />
こんなふうにインスピレーションを刺激する私の旅は終わりましたが、<br />
もうひとつ書いておきたいことがあります。</p>
<p>コペンハーゲンで、スピリチュアルなことを売り物しているお店を訪ねた際に<br />
チャネリングをやっていたので、受けてみることにしました。<br />
そのときのことは録音していないので、全部は覚えていないのですが、<br />
私を守ってくれている存在について話してくれました。<br />
デンマーク人のこのチャネラーさんによれば、MU-SHAという名前のネイティブインディアンが、<br />
私をガイドしてくれているそうです。<br />
スピリチュアルなことを扱う仕事をしようと思った際に私が気をつけようと思ったのは、<br />
目にみえない世界にどっぶりと浸かるのではなく、どちらかと言えば、<br />
ちょっと冷めた目を持っていようということでした。<br />
ですので、このときも『わぁ～面白い・・・』と感じる程度にして、<br />
信じ混んでいたわけではないのですが、その後、３人から私をガイドしてくれているのは<br />
ネイティブインディアンだと聞いたので、いまはそうなのかもと思っています。<br />
１件目のお店アンビエンテでは、ハーブ、すなわち薬草を扱っていますが、<br />
ネイティブインディアンといえば薬草を使って病気を治していたのですから、<br />
ネイティブインディアンのガイドを持つ私が薬草に興味を持ち、<br />
それを売るお店を開いたのは、なんとなく納得がいくような気がしています。<br />
それから今思い出したのですが、江本勝さんの『水からの伝言』という波動について<br />
書かれた本に出会ったのもこのお店でした。<br />
もうだいぶ前から北欧では、目にみえないエネルギーが注目されていたのです。</p>
<div class="clearboth"></div>
<p><img class="alignright size-full wp-image-1547" title="アンビエンテ 当時のイスピラーレ" src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2010/08/photo_ispirareroom.png" alt="アンビエンテ 当時のイスピラーレ" />さて、ヨーロッパへの旅が終わり、日本に帰り、２件目のお店の開店の準備にとりかかりました。そんなある日ふと思い立って、開こうとしているお店の名前の字画をみてみることにしました。世間では生まれた子供の名前や、立ち上げる会社やお店の名前をつけるときに字画を調べて、いい字画の名前をつけますが、今までそんなことは考えたこともありませんでした。<br />
イ＝２、ス＝２、ピ＝３、ラ＝２、ー＝１、レー１で１１。<br />
なんと開店の日の１１日、それから誕生日の２９日を１の位にした数字１１と同じナンバーだったのでした！！デンマークで会った彼女の言ったことを思い出しました。シンクロが起きるときには流れに同調しているときだと。<br />
こうして新しいお店は、上記のクリスティーナのセッションから約３ヶ月後に開店に到りました。</p>
<div class="clearboth"></div>
<p>１１のシンクロについてですが、今でも続いています。スピリチュアルなことを扱うことを仕事にしてからいろいろな人に会ったり、セミナーに出たり、本を読んでわかったことはシンクロは、自ら起こせるということでしたので、数年前から１１がでるときは、GOサインだとすることに決めました。ですので昨年お店を引っ越すことになったとき、物件の住所が１１－１と知ったときは、迷わずそこに即決しましたし、付き合い始めた人の誕生日が１月１１日だと聞けば、この人は私にとって特別な人ということになったのです。</p>
<div class="clearboth"></div>
<p>以前はシンクロが起こると、それをただ『わぁ～おもしろ～い！！』と単純に喜んでいましたが、<br />
最近はシンクロをうまく自分の人生に取り込もうと思っています。<br />
だれかが成功したと聞くと、自分もその波に一緒に乗っかって、シンクロを起こし、<br />
同じ成功体験をしようと目論んでいます。<br />
それから悔いのない人生をつくるために、行きたいと思うところには行き、<br />
やってみたいことがあればやってみようと思っています。<br />
そうすることにより、人生を好きなように構築できると思うのです。</p>
<div class="clearboth"></div>
<p>私が香港に行ったのは、香港が大好きで、旅行では飽きたらず、<br />
どうしても住んでみたいと思ったからです。<br />
人からは、労働許可証を取るのは大変だと言われていましたが、とにかく私は行ってしまったのです。<br />
そして向こうで就職し、その後退職し、会社に所属せず５年も暮らしました。<br />
香港に行ったことにより私の人生は開花し、行く前とは別人になりました。<br />
自分の内からでてくる熱のある願望は必ず叶うのではないでしょうか。<br />
八方塞がりの状態にいる場合でも、そこからでる手がかりをなんとか探し、<br />
自分だけのオリジナルある人生を生きたいものです。<br />
実は私はここのところ１ヶ月ほど、悩んでいて先に進めない日々を過ごしていました。<br />
でも今は、その悩みも解消し、夢をいだくことができるようになりました。<br />
最後になりましたが、上記に登場したアストロマップの愛のライン上出身の<br />
１月１１日生まれの人と人生を歩むことになりました。<br />
１１のシンクロはたくさんの幸せを運んでくれています。</p>
<div class="clearboth"></div>
<p>シンクロは伝染すると聞きました。<br />
人生を変えてみたいなと思っている貴方にたくさんのすてきなシンクロが起きますように祈りながら筆をおくことにしますね。<br />
それではまた。１１日、新幹線１１号車にて。</p>
</div>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://ambiente-jp.com/takako/%e3%82%b7%e3%83%b3%e3%82%af%e3%83%ad%e3%83%8b%e3%82%b7%e3%83%86%e3%82%a3.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>バラ摘みの旅</title>
		<link>http://ambiente-jp.com/takako/%e3%83%90%e3%83%a9%e6%91%98%e3%81%bf%e3%81%ae%e6%97%85.html</link>
		<comments>http://ambiente-jp.com/takako/%e3%83%90%e3%83%a9%e6%91%98%e3%81%bf%e3%81%ae%e6%97%85.html#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 06 Jul 2010 04:01:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Akane</dc:creator>
				<category><![CDATA[月刊 貴子]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://ambiente-jp.com/?p=1367</guid>
		<description><![CDATA[みなさま、こんにちは。今日は先月、生まれて初めて訪れたトルコへの旅の思い出について綴らせていただくことにします。 ６月中旬、アロマテラピーの知識を深める旅―【香りの旅・トルコ編】にドイツ人のアロマテラピスト、医療に携わる [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>みなさま、こんにちは。今日は先月、生まれて初めて訪れたトルコへの旅の思い出について綴らせていただくことにします。<br />
６月中旬、アロマテラピーの知識を深める旅―【香りの旅・トルコ編】にドイツ人のアロマテラピスト、医療に携わる看護師さん、薬剤師さんたちに混じって、参加することになりました。今回の旅の趣旨は、バラを自ら摘み、バラが精油になるまでの過程を勉強するというものです。アロマテラピストでもある私はバラについての効用は知っていても、生のバラから精油が作られる工程は体験したことがなかったので、アロマテラピーをもう一度見直し、知らない国を垣間見る大きなチャンスとなりました。日程が終わり、帰途についてみると今回の旅はアロマの知識を深めただけでなく、人間のあり方を考え直すきっかけとなった旅となっていました。<br />
<P><br />
<img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2010/07/turkey_3.png" alt="アンビエンテ トルコ風景" title="アンビエンテ トルコ風景" width="200" class="alignright size-full wp-image-1002" />実は私は個人的にトルコに対して、情報を持ち合わせていなかっただけでなく、あまいい印象を持っていなかったのですが、降り立った空港で、もはやその印象は変わっていきました。まず一番最初に感じたのは、人々の人間味あふれる光景でした。空港でだれかを出迎えている人々は満面に笑みを浮かべ、愛情豊かに互いにしばらくぶりの再開を心から喜びあう姿があちらこちらで見られました。その後、農家のおうちにお邪魔して、現地の人々に接近する機会がありましたが、いつもそこには暖かな愛が存在していました。トルコにいる間中、一貫してそこにあったのは人情でした。
</p>
<div class="clearboth">&nbsp;</div>
<p>
<img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2010/07/turkey_4.png" alt="アンビエンテ トルコ街並" title="アンビエンテ トルコ街並" width="200" class="alignleft size-full wp-image-1002" />　モスクがほどよく溶け込んだイスタンブールは、エネルギーあふれる、とてもエキサイティングな町でした。貧富の差が激しく、貧しい人も多いトルコですが、みんなとにかく元気で生きているなというのが印象でした。<br />
とても感動したのは猫があちこちに平和に寝ていたことでした。人を怖がらないところをみると、ごはんももらい、その存在を認めてもらっているのでしょう。犬にしても然りで、鎖につながれもせず、のんびりと道端で昼寝をしていました。　野良犬かなと思いましたが、耳に鑑札がついていたので、どこかの家庭に所属しているのでしょう。動物と人間が一緒に共存できているとしたらそれは素晴らしいことだし、実は衛生面などいろいろ問題もあるかもしれないけれどそのままであってほしいなと思いました。
</p>
<div class="clearboth">&nbsp;</div>
<p>
イスタンブールを離れたあと、行った先は、イスパルタというバラの町。ここで、生まれて初めてバラ摘み体験をすることになりました。<br />
当日は朝４時に起床。６月といえども、山の早朝は寒いと注意があり、セーターを着込み、泥んこになってもいい出で立ちで、日の出前の真っ暗な中を出発し、車に揺られること１時間半、バラが栽培される村へと到着しました。<br />
私を案内してくれた農家の人たちは、３０代の夫婦と１５歳の少女。バラの正しい摘み方を習ったあと、バラの咲く畑へと山の中を入って行きます。雑草をかき分け向かった先には、何百のピンクのバラが花開いていました。額の部分にも精油が宿っているとのことで、夜露に濡れたバラを注意深く額の部分から摘んでいきます。現地の農家の人にとってはこれが一家を支える収入源となるため、バラ摘みはお金に変わる大事な仕事なわけですが、私にとっては、バラに囲まれ、自分の手でたくさんのバラを次から次へと摘んでいく作業は、心の底から癒されるようなすてきな時間でした。<br />
<img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2010/07/turkey_5.png" alt="アンビエンテ イスパルタ風景" title="アンビエンテ イスパルタ風景" width="250" class="alignleft size-full wp-image-1002" /><img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2010/07/turkey_6.png" alt="アンビエンテ イスパルタ風景" title="アンビエンテ イスパルタ風景" width="250" class="alignright size-full wp-image-1002" />
</p>
<div class="clearboth">&nbsp;</div>
<p>
その後、摘んだバラを大きな袋に詰めて、山を降り、農家で朝ごはんをごちそうになりました。決して裕福ではない農家の朝ごはんは、質素なものでしたが、家族が集まって一緒に食べる朝ごはんは、身体を作る栄養とともに、心を満たす愛のエネルギーも入っているようでした。<img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2010/07/turkey_7.png" alt="アンビエンテ イスパルタ食事風景" title="アンビエンテ イスパルタ食事風景" width="300" class="alignright size-full wp-image-1002" />常々私は思うのですが、朝ごはんを家族とともに一緒に食べるというようなベーシックなことは、人生上、とても大事だと思うのです。ベーシックなことをおろそかにすると、年をとったときに何か満たされない思いがついてまわる気がします。人生で大きなことを成し遂げるためにも、基本となることを日々の暮らしの中でしっかりやっていきたいと思います。そうすることによって、人生の困難に立ちはだかったとき、人としての判断がぶれないし、自分は一人ではなくて、だれかに支えてもらって生きているということが思い出せて、現実に向かう力が湧いてくるのではないかと思うのです。
</p>
<div class="clearboth">&nbsp;</div>
<p>
<img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2010/07/turkey_8.png" alt="アンビエンテ イスパルタ風景" title="アンビエンテ イスパルタ風景" width="240" class="alignleft size-full wp-image-1002" />その後、私たちは農家を離れ、袋詰めされたバラとともに、蒸留所に向い、そこで蒸留器にバラを入れ、精油とバラ水が出来上がっていくすべての工程を学びました。<br />
１滴の精油は３０個分のバラを必要とします。だからとても高額になってしまうのですが、バラはかぐわしい香りをもつだけでなく、身体に心にそして、魂にも役立ってくれます。私の体験でいえば、愛が枯渇しているとき、自分の愛をもっと引き出したいときにバラの香りに包まれると、自分が女性であることをもう一度認識でき、そして、受け入れるという心の余裕ができるような気がします。やるべきことが山積みの毎日にあって、この心の余裕はとても大切で、この余裕のあるなしが、その人の魅力を決めるといってもいいぐらいに感じます。アロマテラピーをうまく医療に取り入れているドイツでもバラはストレスや悲しみの中にあって、精神的に苦しんでいたり、うつ状態の患者さんに用いられているといいます。
</p>
<p>
バラの宣伝マンになってしまいましたが、バラの精油に触れたことのない方はぜひ、バラの香りに触れていただきたいものです。世の中にバラの香りに似せた香りが出回り、それはそれで、いい香りですが、ぜひともバラからできたバラ精油を身体にまとい、自分の心がどう変化するのかを試してみてください。私は毎晩寝る前に１滴のバラ精油を胸のあたりに塗り、バラの香りに包まれて眠ることにしています。
</p>
<div class="clearboth">&nbsp;</div>
<p>
<img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2010/07/turkey_1.png" alt="アンビエンテ イスパルタ風景" title="アンビエンテ イスパルタ風景" width="200" class="alignright size-full wp-image-1002" />バラ体験のあと、地中海に面したリゾート地に移動し、トルコのオーガニック農業について勉強しました。トルコは肥沃な土地とあふれるばかりの太陽のもと、たくさんの野菜や果物が取れます。さくらんぼ、桃、オレンジ、りんごにざくろ。熟した果物がたわわに木になっているのを見ると、心から満たされた気持ちになって、わくわくしてくるのでした。果物の木ってほんとうに豊かさを連想させてくれますね。
</p>
<p>
１週間の旅はあっという間に過ぎました。EU加盟をめざして、急成長しているトルコはこれからどんどん変わっていくことでしょう。こういう急成長のときには、人々のエネルギーもハイになっていて、不可能を可能に変えてしまうようなエネルギーが今、トルコにはあるようです。また近い将来、必ず訪ねようと心に決め、トルコを去りました。
</p>
<p><img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2010/07/turkey_2.png" alt="アンビエンテ イスパルタ風景" title="アンビエンテ イスパルタ風景" width="300" class="aligncenter size-full wp-image-1002" /></p>
<div class="clearboth">&nbsp;</div>
<p>
<img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2010/07/turkey_9.png" alt="アンビエンテ イスパルタ風景" title="アンビエンテ イスパルタ風景" width="200" class="alignleft size-full wp-image-1002" />その後、約２週間がたとうとしている今、トルコで見たもの－豊かな農産物、美しき風景、暖かな人情、生きる力が私の身体の中で消化された上で思うことは、生きているといろいろと乗り越えなければならない大変なことがあるけれど、自然がもたらしてくれるすばらしさや人間の愛を一度でも体験し、それが心に根をおろすと、怖いものが無くなって、何かあっても、おろおろせずに生きていけるような気がしました。そんな意味でこのトルコで、前より強い人になれた気がしています。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://ambiente-jp.com/takako/%e3%83%90%e3%83%a9%e6%91%98%e3%81%bf%e3%81%ae%e6%97%85.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>スウェーデンより</title>
		<link>http://ambiente-jp.com/takako/from_sweden.html</link>
		<comments>http://ambiente-jp.com/takako/from_sweden.html#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 01 Jun 2010 00:10:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Akane</dc:creator>
				<category><![CDATA[月刊 貴子]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://ambiente-jp.com/?p=1000</guid>
		<description><![CDATA[前回に引き続き、スウェーデンの片田舎にてこのメッセージを 書いています。今回のスウェーデン滞在もほぼ２週間を過ぎようとしていますが、日々新しい発見があり、まるでスポンジのようにさまざまなことを吸収している毎日です。この２ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
前回に引き続き、スウェーデンの片田舎にてこのメッセージを<br />
書いています。今回のスウェーデン滞在もほぼ２週間を過ぎようとしていますが、日々新しい発見があり、まるでスポンジのようにさまざまなことを吸収している毎日です。この２週間の間のできごと、感じたことなどを綴ることにしますね。
</p>
<p><img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2010/05/photo_sougen.png" alt="アンビエンテ スウェーデン風景" title="アンビエンテ スウェーデン風景" width="200" class="alignnone" /><br />
<br />
<P></p>
<h2>【武道大会】</h2>
<p>先週のウィークエンドはウプサラという町で武道大会が行われ、そこで私は着物を着て、にわか大和撫子になりすまし、日本の伝統、手ぬぐいの販売を手伝いました。<img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2010/05/photo_yukata.png" alt="アンビエンテ スウェーデン 浴衣" title="アンビエンテ スウェーデン 浴衣" width="150"  class="alignleft" />この武道大会は、剣道、居合道、薙刀道、杖道（じょうどう）、弓道を習っている２５０人がそれぞれの種目で競いあうという大会でした。下は１０代、上は７０代のスウェーデン人が、一同に袴を着用し集まりました。見たところ、その心意気は趣味の範囲を超えていて、日本語を話す人も何人もいたし、みんな日本文化に興味津々という感じです。</p>
<div><img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2010/05/photo_kyudo.png" alt="アンビエンテ スウェーデン 武道大会" title="アンビエンテ スウェーデン 武道大会" width="210" class="alignright" />武道を習い始めたきっかけは、サムライムービー（ラストサムライの影響は大）やマンガを見てサムライに憧れたとか、メンタルトレーニングのためとか、動機はさまざまのようです。みんな一様に礼儀正しく、会場に入る際にも一礼し、当日の日本式のお弁当もきれいにお箸を使って食べていました。こうやって外国にて、日本の礼儀を守っている人たちがいることを知ってとても嬉しく思いました。
</div>
<div class="clearboth">&nbsp;</div>
<h2>【FIKAフィーカ】</h2>
<p>
スウェーデンでは午後３時、フィーカと呼ばれるおやつの時間があります。会社に勤める重役も工場で働く人々も３時になると、コーヒーと甘いものでしばしの時間を楽しみます。従業員の多い会社ではケーキやクッキーが配られたりすることもあるようですが、たいがい、自宅からお菓子を持って行ったり、会社の自動販売機で買ったりするそうです。<img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2010/05/photo_fika.png" alt="アンビエンテ スウェーデン FIKAフィーカ" title="アンビエンテ スウェーデン FIKAフィーカ" width="318" height="244" class="alignright size-full wp-image-1002" /><br />
私もフィーカをしようと、町のスイーツショップを覗いてみましたら、さまざまなケーキや菓子パンが並んでいました。ケーキに関しては、日本に比べて、サイズはひとまわり大きく、どっしりとしていて、真っ白な生クリームがたっぷりと使われています。でもクリームは決して甘過ぎないのが特徴のようです。<br />
こちらでは自家製のケーキやパンを作る人が多いのですが、ちょっと驚いてしまったのは、男性もよくケーキやパンを焼くことです。写真にあるのはフィーカによく登場する、カネールブッレと呼ばれるシナモンロールで、友人（男性です！！）が焼きました。そういえばこちらでは、編み物をする男性も多いのです。<br />
あるときはサムライに変身し、あるときは家庭的なことを楽しむスウェーデン人の男性っておもしろいですね。
</p>
<div class="clearboth">&nbsp;</div>
<p><h2>【スピリチュアリティ】</h2>
<p><img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2010/05/photo_mori.png" alt="アンビエンテ スウェーデン スウェーデンの森" title="アンビエンテ スウェーデン スウェーデンの森" width="200" class="alignright" />こちらに到着してから、毎日、森に行っています。まぶしい朝の真っ白な太陽の光の中を、またはピンク色に染まった暮れゆく空を仰ぎながら、もみの木、パインツリー、メープル、樫の木の中を歩いています。私はどちらかというと、自然豊かな田舎よりも都会が好きで、田舎にあそびにいってもすぐに都会に戻りたくなる方だったのに、今はスウェーデンの森にすっかり魅了されています。<br />
森の中にぽつりぽつりと見えるスウェーデン独特の真っ赤に塗られたかわいい民家を過ぎ、牛やひつじを横目に見ながら、どんどん森の中を進んで行くと、鳥のさえずりだけが聞こえる神秘的な深い森の世界に入り込むことになります。<br />
私は職業柄、たくさんのスピリチュアル系の本に目を通し、セミナーなどにも参加し、ヨガをし、瞑想もし、それなりにスピリチュアリティを学ぶために時間を割いてきましたが、<img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2010/05/photo_hitsuji.png" alt="アンビエンテ スウェーデン スウェーデンの風景" title="アンビエンテ スウェーデン スウェーデンの風景" width="280" class="alignleft" />ここスウェーデンにおいては本など読まずして、ごくごく自然に精神性が高まる気がします。<br />
スウェーデンの人をみていても、なんだか彼らは私たちよりもスピリチュアルな感じがするのです。国土の半分は森であるスウェーデンは、町の中に住んでいたとしても、森や美しい湖まではそう遠くなく、なんらかの形で常に自然に親しむ生活がスピリチュアリティを作っているようです。それから、こちらでは家族と暮らしていても、一日の何分間か静かに本を読んだり、庭、またはベランダでぼんやりとした時間を過ごし、毎日、自分と対話する時間を持つといいます。<br />
今までは何かあると本に頼ったり、人に相談していましたが、スウェーデンにいる間は、自然からたくさんのメッセージを受け取れる気がします。スウェーデン人の友人は、何か解決したい問題があったり、悩んでいるときは、森の中を歩くことにしていると言っていました。だれもいない森の中を歩くと、あるとき何の音もしない時間があって、その時間はまさに瞑想の時間なのだそうです。</p>
<p>そういえば、<img src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2010/05/photo_danro.png" alt="アンビエンテ スウェーデン 暖炉" title="アンビエンテ スウェーデン 暖炉" width="280" class="alignright" />スウェーデンは私が今まで訪ねたヨーロッパの国々、ドイツ、フランス、オーストリア、イギリスに比べ、アロマテラピーやヒーリング系アイテムを扱うお店が圧倒的に少ないように思います。その理由は、身近に自然の香りやぬくもりがあるからではないかと思います。夏でも日が落ちたあとは肌寒いスウェーデンでは日々の暮らしに暖炉やキャンドルがあります。辺りが薄暗くなると、暖炉に火を入れ、香り高いジュニパーの木枝を放り込み、キャンドルに火をともします。日々そんな生活をしていると、自然にスピリチュアルになっていき、そしてセルフヒールができるのではないかと思います。<br />
暖炉の前で、暖かなひざ掛けに包まれてコーヒーを飲んでいたら、すっかり眠くなってしまいました。自然の豊かさに感謝しながら今日は眠りにつくことにします。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://ambiente-jp.com/takako/from_sweden.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>夢の叶い方</title>
		<link>http://ambiente-jp.com/takako/g_takako_01.html</link>
		<comments>http://ambiente-jp.com/takako/g_takako_01.html#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 22 May 2010 08:44:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Ambiente Official site</dc:creator>
				<category><![CDATA[月刊 貴子]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://ambiente-jp.com/?p=785</guid>
		<description><![CDATA[みなさま、こんにちは。 私は今、初夏のスウェーデンに来ています。こちらでは、あちこちにさくらんぼやりんごが白いかわいらしいお花を咲かせ、今まさに美しい季節が始まろうとしているところです。今日は、昼間は青空に元気な太陽があ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>みなさま、こんにちは。<br />
私は今、初夏のスウェーデンに来ています。こちらでは、あちこちにさくらんぼやりんごが白いかわいらしいお花を咲かせ、今まさに美しい季節が始まろうとしているところです。今日は、昼間は青空に元気な太陽があったものの、夕方には雷と激しい雨があり、めっきりと冷え込んだので、暖炉の薪に火を入れ、ジンジャーティーを飲みながらこれを書いているしだいです。</p>
<p>この度、ホームページのリニューアルに伴って、アンビエンテの代表わたくし、岡本貴子の思っていること、考えていること、学んだことなどをこのページにて綴らせてもらうことになりました。どうぞよろしくお願いいたします。</p>
<p>初回の今日は、私が現在の仕事にどうやってたどり着いてきたかのお話について書かせていただきますね。</p>
<p>私がショップ・アンビエンテを立ち上げたのは、今から約１５年前に遡ります。このお店を始める前は、憧れて住み始めた香港に身をおいていました。魅惑の地、香港に約５年住んだあと、日本に帰るか、まだ香港に住み続けるか、はたまたヨーロッパへ移動しようかとさんざん悩んだのですが、結局答えがでないので、やむなく香港と日本を行ったり来たりしよう思い立ち、生まれ故郷の静岡の地にハーブとアロマテラピーのお店を開くことにしました。女性がばりばりと働く香港に住んでいた私ですが、実は日本に帰国して、私にできそうな仕事は何ひとつなく、どの仕事も敷居が高く、自信もないので、とりあえずアロマテラピーの資格があったので、故郷にてお店をやろうと思いたち、その日から半年後にお店を作ってしまいました。あの当時を振り返ってみると、計画はどんどん進み、お店を開く直前になって、急に怖くなってもう引き返せないことに唖然としたこともありました。商売のいろはも知らないくせによくやったものです。</p>
<p>最初は日本と香港と行ったり来たりするつもりでしたから、あちらのアパートもそのままにして、日本に帰国したわけですが、いざお店を開けてみると日々仕事をこなすことに精一杯で、朝起きて、お店に行き、お昼を食べる暇もなく、お店を切り盛りし、疲れはてて家路につき遅い夕食をとり、寝るという生活を４．５年は続けていたでしょうか。休みも取れないので、自然住まいは日本に決まって行きました。結局あれから香港に数回行ったものの、二度と生活をすることなく、日々は過ぎていきました。小さい頃からの夢に外国に住むというのはありましたが、お店をやるなんて項目はありませんから、人は夢に向かって直線に進むわけではなくて、大きな夢を果たすのに必要な体験を積むようにできているように思えてなりません。</p>
<p>さてその後、大変な試練がおとづれました。それは兄の死でした。膵臓ガンに侵され、医者からの通告通り６ヶ月で兄はこの世を去りました。家族全員、ものすごく苦しみ抜いた６ヶ月間でした。兄の死により私は、人間は思ったとおりの人生を体験するようだけれども、それとは別に人生は思ったとおりになることと、ならないこともあると悟った気がしています。それ以前は、思えば人生は必ずすべてそのとおりになると信じ込んでいた私です。しかし、働き盛りの兄の死により、その考えは変わりました。だから今でも人生は変えられることと、変えられないものがあると信じています。</p>
<p>それから人の気持ちを変えることは決してできず、その人の気持ちは本人でなければ変えられないというのも身を持って体験しました。私たち家族は兄に代替療法、漢方ありとあらゆることを試してほしかったし、私は必ずガンは克服できるはずと信じていたのに、兄は最初から医者の言葉を信じ、さまざまな治療法には深いところでは信じていないようでした。結果は兄の思い通りになりました。（もしかして、兄の死は変えられない運命だったのかもしれません）<br />
兄の死、１年後、２００２年、私は２軒目のお店を出すことになります。信じられないような話ですが、ほとんど確固たる計画もなく、お店、イスピラーレを作りました。今考えても不思議なのですが、私にとっては高額な物件を悩むことなく借り、内装も整えお店を作りました。その頃、たくさんのシンクロニシティが起こり、私はどこまで自分の力でシンクロを起こせるか試してみたかったのです。物事はスイスイと進み、海外に行けば、必ずといっていいほど、有名なチャネラーかヒーラーに出会い、彼らを日本に招き、お客様に喜んでいただけただけでなく、イスピラーレに海外から来てくれた彼らもそこから有名になっていくのでした。</p>
<p>世界的に有名なモーツアルト療法の第一人者であるドンキャンベル氏ともお知り合いになり、イスピラーレにて講演してもらったこともあります。あの頃、何の経験もない私が次々にイベントをプロデュースできたのは、信じて疑わない意思と何かが私を動かしていたような気がします。そのときは神様のような存在が私という身体を使って、ものごとを動かしていると思ったものですが、その後さらにたくさんのチャネラーさんやサイキックの方々から学んだあとに思うことは、私の深いところにある意識、自分さえ気づかない意識がそうさせていたのだなと思います。それを神と呼ぶのであれば、自分イコール神ともなります。その後、２件目のお店、イスピラーレは留まることを知らず、２００８年ぐらいまではどんどんたくさんの方々を呼び込み、発展の道を辿ることになりました。その後、イスピラーレは大変な窮地に追い込まれたりしましたが、崩れたものはまたヴァージョンアップされた形で再構築されていきました。もう駄目だと思ったものの、それは次のステップに上がるために起こるべくして起こった惨事だったのです。</p>
<p>人生は不思議です。</p>
<p><img class="alignleft size-full wp-image-797" title="photo_gekkantakako" src="http://ambiente-jp.com/wp-content/uploads/2010/05/photo_gekkantakako.png" alt="アンビエンテ スウェーデン" title="アンビエンテ スウェーデン" width="318" height="244" />私が今日こうやって初夏のスウェーデンの森の中の一軒家で暖炉の前に座って、これを書いているのも深い私の意志がそうさせているにちがいありません。そしてこの私が体験しているシーン（森の中のコテージ風のおうちにいること）は実は私のあこがれの夢でした。幼い私が毎回楽しみにしていたNHKのドラマにこんなシーンがあったのです。初夏のさわやかな森で主人公が佇む風景は、今もしっかりと思い出せるほど、私の脳裏に焼き付いています。実現するからこそ、焼き付いたのか、焼き付いたから実現したのかはわかりません。でも憧れていたことが実現するのはしあわせなことです。<br />
北欧の初夏の夜もだんだん暗闇が迫って参りました。また別の機会にお店の続きのお話はさせていただきたいと思いますが、私が書きたかったことは、夢はいつも思いもよらない形で実現していくようだということです。だから上辺の自分の気持ち（自分の気持ちが上辺の気持ちなのか、深いところから来る気持ちなのか知る必要がありますね）に振り回されないで、自分を信じて、人生のコマを進ませたらと思うのです。その途中経過に起きてくる一見悪いことのように思えることも、実は夢を叶えるために起きていることだとしたら、それは悪いできごとにはなりません。自分にうそをつかず、忠実であれば人生は思った通りになるのではないかと思います。しかしながら、同時に思った通りにならないこともあるというのも事実のようです。ならば、夢を思い描いても意味がないというと、それはちがうと思うのです。夢と一言でいいますが、顕在意識で考える夢と、自分の奥深～いところで願う願望は違っていることが多いのではないかと思います。自分の奥深～いところ、つまり魂レベルで想うところの願望はいつしか現実になると私は常に感じます。なんだか複雑に話になってしまいました。でもこれが貴方の生きてきた道や夢を一人静かに想うきっかけになればうれしいです。<br />
窓の外はいよいよ真っ暗となり、時計は夜１１時を回りました。明日は、朝早く、ストックホルムに向かうので、もうベットに入ることにします。それではおやすみなさい。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://ambiente-jp.com/takako/g_takako_01.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
	</channel>
</rss>

